恐るべし90代
私の父親
私には今年91歳になる父親がいる。いつもニコニコ笑っている穏やかな性格だ。

父は大正ロマンの香り漂う男で、一見、90代には見えない。未だに背筋もしゃんと伸びているし、認知症もない。
パソコンを自由に扱い、エクセルの腕前は働き世代の私にも理解できない関数を使う。今はロトの当選確率を上げるため、日夜データ解析を日々の仕事としている。インターネットをいつもどこかのパソコンセンターで借りている。というので、ワイハイっていう便利なのがあるよ。家につけてみたら。と私が言うと、自分でワイハイまで、設置してしまった。
そして、メールの返信はすこぶる速い!今みだ、ガラケーであるが、次はスマホに買い換えると宣言している。多分、今の父なら使いこなしてしまうだろう。
80代で英会話を始め、近くの英語教室に通っている。鬼畜米英の世代である。もちろん若い時に英語など触れたことがない世代だ。今は耳が遠くなって、会話は難しいと言いながら、英会話教室のアシスタントのような手伝いをしていて、先日は、トランプ大統領就任の演説の英文を翻訳して、私に見せてくれた。
あと、太極拳も最近始めたらしく、最高年齢の太極拳生徒として、県知事から表彰されたらしい。
言い忘れたが、父は一人暮らしだ。
父は、母との間に私を含め3人の娘がいる。昔から娘しかいなかったせいか、家を継いでくれとは、一言も言わず、私達には、自分の好きな道を行きなさい。誰も跡なんか継がなくてもいいよ。と言っていた。そして、全娘共、長男と結婚してしまい、苗字が変わってしまった。
母が25年前に他界し、流石の娘達も、父を心配し、一緒に暮らそうと提案してみたこともあったが(実際、2ヶ月ほど、姉一家と暮らしていたこともあったが、すぐに嫌になって一人暮らしに、戻ってしまった)
1人でいたいと、頑固に受け入れず、今まで一人暮らしを容認してきた形だ。流石に90になって、火の始末等が心配で、高齢者マンションに引っ越しをしてもらったが。
何故、父はこんなに元気でいられるのだろう。
父は大正15年、凍てつく青森の生まれだ。学生の頃に戦争に突入したが、身体が弱い(どうも肺が悪かったとか)ということで、兵役は逃れている。特別、身体が強いタイプでもないようで、兵役は逃れたが、お国のために、製鉄所で働き始めたようだ。
戦争後、母と結婚し、北海道で生活。娘3人をもうけ、転勤を繰り返し、今は九州に住んでいる。子供達を独立させた途端に、母が亡くなった。これから夫婦2人でノンビリと思ったところだったから、最初、父の落ち込みは激しかった。
しかし、持ち前の前向きな性格と女好きが高じて、母亡き後、70代で再婚までしている。その後、籍のややこしさもあって、2人は離婚。しかし、未だによきパートナーのようだ。
食事は、東北生まれの人間なので、私の記憶ふる限りでは、酒も好きだし、塩辛いものが好きだった。
しかし、母亡き後、エリナという健康食品に傾倒し、今は、朝食は、エリナのジュース?だけ。なんだかA、 B 、Cという、三つの粉に水を入れて、混ぜ合わせて、飲んでいる。
お前も飲めと、何回か送ってくれたが、身体にいい成分は入っているのだろうが、あまり美味いものではなく、コッソリ捨ててしまった。
ただ、その商品とは別で送ってくれた、クランベリージュースはとても美味しかったが自分で購入するには、高くて続くわけもない。
父の生活
朝食はこのエリナ。

朝食を食べたあと、習い事の太極拳や、英会話教室にいき、何もない時は、近くを一万歩目指して歩き回るらしい。気軽に誰にでも声をかける性格なので、私が父の町を訪れた時も、みんなが父を知っているようで、声をかけてきた。
昼食は、コーヒー☕️と時に軽食。
夕食のみ、高齢者マンション付きの普通の食事をしているようだ。
父曰く、人間には、二食ぐらいがちょうどいいらしい。
夜は、温泉に入り8時には就寝。湯の町別府に住んでいるので、高齢者マンションにも温泉がついているらしい。なんとも贅沢な生活だ。
宮沢賢治が言っている。
宮 沢 賢 治 詩 碑
雨にもまけず
風にもまけず
雪にも夏の暑さにもまけぬ
丈夫なからだをもち
欲はなく
決して怒らず
いつもしずかにわらっている
一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜をたべ
あらゆることを
じぶんをかんじょうに入れずに
よくみききしわかり
そしてわすれず
野原の松の林の蔭の
小さな萓ぶきの小屋にいて
東に病気のこどもあれば
行って看病してやり
西につかれた母あれば
行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行ってこわがらなくてもいいといい
北にけんかやそしょうがあれば
つまらないからやめろといい
ひでりのときはなみだをながし
さむさのなつはオロオロあるき
みんなにデクノボーとよばれ
ほめられもせず
くにもされず
そういうものに
わたしはなりたい
まあ、そこまで、ストイックではないが、父にはそれに通じるところがある。
父は、言う。
欲を捨て、日々暮らせることに感謝をしなさいと。
父の背中から私はまだまだ多くのものを学んでいる。